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【翻訳】競技1ゲームマッチのリスクと得るもの(後編)(Arena)

原文

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リスク:不安定性の増加とスキルの低下

伝統的な3ゲームマッチのマジックでは、ダイスロールに勝つこと(と先手を取れること)は意味のあるアドバンテージだ。統計はちょっと古いが、タルキール・ブロック時の、スタンダードの何千ものゲームを分析できたときに戻ると、先手(54%)は後手(46%)より8%多く勝っていた。理論的には、この問題は1ゲームマッチでもっと悪くなる。具体的なデータは手に入らないが、1ゲームマッチを約2000回プレイした人によると、先手の勝率は 60% と大きかった。プロツアーで多く見かける面々は 60% の勝率であることを考えると、1ゲームマッチのダイスロールはすぐにでもゴールドかプラチナ・レベルのプロにするということになり、ダイスロールの敗北は、FNMに初参加する新規プレイヤーにするということになる。基本的に1ゲームマッチは、マジックのスキルを低下させ、運が大きくなる。そしてマジックはすでに、マナ・システムの上に築かれたほんのちょっと不安定で運ゲーなゲームである。

個人的に俺は、1ゲームの不安定性は、特にトーナメントでのプレイで腹立だしくなると思っている。イベントをプレイするために現金を払い、ダイスロールやコイントスの運で負けたり、たまたま数学的に100ゲームに1回しか起きえないこと(15枚のドローのうち10枚が土地のような)が2ゲーム連続で偶然起きたら、非常に楽しくない体験になる。しかし、サイドボード無しの世界では普通の体験である。今このことは、マジックをより幸運ベースにすることに利益が無いと言うことではない。不安定性は、新規プレイヤーが時々世界の最高のプレイヤーを倒せる理由であり、1ゲームマッチのプレイヤーを倒すことは、ゲームに繋ぎ止めようようするために、新規プレイヤーに対して自信の大きな後押しになるからだ。しかしながら、Arena のマッチングは、最悪や新規プレイヤーから最高のプレイヤーを遠ざけるようにデザインされている。だから俺には、どれだけ実際 Arena に一般的に適用できるか分からない。さらに、今日の注目点は競技プレイであり、理論的に評価されたプレイヤー向けである。

ある種のルールを変更するか技術的な微調整で修正できる問題である可能性もある。これは、他のフォーマットから遠く離れても1ゲームマッチのマジックを押すことになるだろうが、すでに最近の Arena の開発者の配信にヒントがあった。しかしこれには別の欠点がある…

 リスク:紙との交差が減少

伝統的に、デジタルのマジックは、プレイヤーを紙のゲームへと運ぶ方法と見られてきた。Magic Online は、紙のマジックのデジタル的な表現をするために(良し悪しはともかく)どんなことでもしている。Arena の1ゲームマッチは、すでに自分のルールでプレイされている(初期手札を2回引くというアルゴリズムで、大抵デッキにある全土地/呪文数に合わせて、土地/呪文を1枚あるようにし、マナ・スクリューやフラッドを減らしている)。そしてこれは、1ゲームマッチをより運ベースを減らしスキルベースを増やすように、さらに変更が必要そうである。

大量の独特なルールは Arena にとって有効だが、欠点は独特なルールをプレイすることで、Arena のプレイヤーが紙のゲーム(さらにいえば、Magic Online)へ渡るのが難しくなるということだ。理論的に、ウィザーズは紙のゲームを(1ゲームマッチへの移行によって) Arena にもっと良く合わせるように変更する方法を見つけられるかもしれない。しかしたとえウィザーズがこの移行をしたとしても、どんな将来の変更も Arena の1ゲームマッチへもたらされることはいうまでもなく、初期手札2回とときどき(常にではない)より良い選択肢を与えるといった、クライアントを複製することはとても難しいだろう。

紙のゲームを検討しようと考えている Arena のプレイヤーが、初めて FNM へ行ったことを想像してほしい。大惨事になりそうだ。彼らはサイドボードが何かを知らないかもしれない。たとえ知っていても、コンピューターが(大抵)良い初期手札にしようとしないときに起こる、マナ・スクリューやフラッドで結局フラストレーションが溜まりそうだ。Magic Online から紙への移行は簡単だ。シャッフルを学ぶ必要はあるが、他のことについては、ゲームは完全に同じだ。一方 Arena から紙への移行は、おそらく典型的なプレイヤーが克服するのが難しい、大量の困難が付いてくる。

もちろん、紙とデジタルの関係に対するウィザーズのアイデアは、変更することが可能だ。Arena を、プレイヤーを紙のマジックへ導く方法と見ないかもしれない。目的はただプレイヤーを Arena へ導いて、できるだけたくさん Arena をプレイさせるだけかもしれない。ちょっと奇妙に見えるが、紙のマジックのカードは、無料プレイのデジタルゲームよりもっと利益をもたらすように見える。デジタルゲームのほとんどのプレイヤーは少しか全くお金を使わないからだ。いずれにせよ、Arena が紙のマジックから逸れれれば逸れるほど、ウィザーズが無料プレイのデジタル・プレイヤーをボースター・ボックスを買う紙のプレイヤーへ向かわせることは難しくなる。

リスクと得るもの:複雑性

複雑性はおそらく、今日のリストの中では最も複雑な課題だ。確かなことは、1ゲームマッチは3ゲームマッチより当然複雑性が小さくなっているということだ。カードは少なく、対戦ベースのサイドボードを決定する必要はないからだ。複雑性はマジックにとって奇妙なトピックだ。もしゲームが複雑すぎると、ほとんどの人達は単純にプレイしなくなる(参考:Artifact)一方、逆にゲームが十分複雑でないと、人々はプレイし続けなくなるだろう。そういう訳で、複雑性を低くすることは、新規プレイヤーをゲームへ導く能力があるが、それをしすぎると、その人たちはおそらく非常に長い期間ゲームに留まらないだろう(そして評価されたプレイヤーを失うリスクがある)。

ここでのこの問題は、少なくても今のところは、1ゲームマッチがそのスケールに落ちているかを知るのは難しい。Arena は新規プレイヤーをゲームへ導くすごい仕事をしているのは疑いようがない。そしてウィザーズの統計によると、そういった人達のほとんどは、1ゲームマッチをプレイしている。逆に、この道の終わりがどこへ続くか本当に分かる人はいない。複雑性が正しいレベルにあることは、他の同様なゲームがやってきてはびっくりするほど速くいなくなる一方、なぜマジックが 25 年間運用されてきたのかという理由の1つでもある。

 マジックの複雑性を減らす長所は、マジックの新しい黄金期を導くことができるかもしれないということだ。歴史的な前例はある。第6版のルール変更新世界秩序のデザイン哲学(両方とも複雑性を低下させた)は、ゲームを成長させる助けになった。そして伝統的なマジックのプレイヤーにたくさん説明をしたあと、評価されたプレイヤーもほとんど留まった。

逆にもしウィザーズのゲームの最終形が、スタンダードの競技プレイを1ゲームマッチへ変更することなら、過去に見てきた変更よりずっと大きなことになりそうである。メタゲームは異なっており、プレイアブルなデッキも異なっており、カードデザインも異なっている。このことと、複雑性を減らす変更がすべて肯定的ではないことと合わせると(例えば、土地をやめて毎ターン得られるハースストーンのマナ・システムを使うことは、複雑性を下げるだろうが、マジックを完全に違うものにし、ゲームを非常に悪くしそうだ)、単にMagicが耐えるには大きすぎる地震になるリスクがある。

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すべての競合ゲームより優れていたことで、マジックは25年間生き残ってきた。その間には、文字通り数えるには多すぎるくらい類似した競合ゲーム(紙ともっと最近ではデジタルの両方)が、生まれては死んでいった。プッシュしすぎることは減衰するリスクになるか、長い間維持し繁栄させてきたマジックの根本をダメさえするリスクがある。ウィザーズが Arena で「そのハースストーンのお金」になる、というジョークを言ったいたのは、長い前のことではない。まぁ、今はハースストーンのプロと動画配信するプレイヤーは、マジックをプレイしている。彼らはマジックが優れていてもっと楽しいゲームであると思っているからだ。ハースストーンであるマジックを待つよりむしろ、Arena が提供する輝かしくクリーンで速いデジタル・クライアントのマジックが欲しいのかもしれない。

 すべての競合ゲームより優れていたことで、マジックは25年間生き残ってきた。その間には、文字通り数えるには多すぎるくらい類似した競合ゲーム(紙ともっと最近ではデジタルの両方)が、生まれては死んでいった。プッシュしすぎることは減衰するリスクになるか、長い間維持し繁栄させてきたマジックの根本をダメさえするリスクがある。ウィザーズが Arena で「そのハースストーンのお金」になる、というジョークを言ったいたのは、長い前のことではない。され、今はハースストーンのプロと動画配信するプレイヤーは、マジックをプレイしている。彼らはマジックが優れていてもっと楽しいゲームであると思っているからだ。ハースストーンであるマジックを待つよりむしろ、Arena が提供する輝かしくクリーンで速いデジタル・クライアントのマジックが欲しいのかもしれない。

もちろん、マジック25年の歴史のなかで他のすべてのルール変更のように、何らかの形で留まっている評価されたプレイヤーにも成り得る。多分ウィザーズは、競技プレイのために1ゲームマッチへオールインワンするだろう。そして多分今から15年後、スタックからダメージを取り除いたときに見たような同じことを振り返ることになる。当時の不満にかかわらず、最高のためであったことが最終的に分かったという、少しのノスタルジーも伴って。

総括

そういうわけで、Arena の1ゲームマッチという観点で、我々はどこに残されたのか? ある意味、始めた場所まで戻った。個人的には、俺は3ゲームマッチのほうが好みだが、今長い間マジックをプレイもしてきて、3ゲームマッチは常にプレイされてきた競技マジックの方法でもある。俺が経験した競技的な1ゲームマッチのプレイは、高レベルでの不安定性でフラストレーションが溜まり、過度に直線的で攻撃的なメタゲームで嫌気が差す。しかし多分ウィザーズはカードデザインとルールの変更を合わせることで、修正できる課題でもある。

どんな主要な変更や革新にリスクがあるように、1ゲームマッチを Arana 競技モードにすることに関連したリスクは確かにある。マジックをつまらないゲームにし、Arana を1~2年間大量に誇大広告をした他の一発屋のデジタル・カードゲームに変え、その後ほとんど姿を消すことはあるのか? その通りだ。大量の新規プレイヤーを連れ込み、その新規プレイヤーと共に、人気という点でライバル(で、優れてさえいる)ハースストーンに匹敵する、マジックの黄金期をもたらすことができるのか? これもその通りだ。

もし俺が Arena の意思決定をするとしたら、競技プレイは3ゲームマッチで開催するだろう。少なくても今は、本当に良い競技フォーマットにするには、1ゲームマッチは運ゲーすぎで、直線的なアグロ・デッキに支配され過ぎである。そうは言ったが、もし俺が過去のマジックの責任者であったとしたら、おそらくダメージをスタックから取り除かなかっただろう。そして俺は非常に間違っただろう。そういう訳で、俺は個人的なバイアスを脇に置いてもかまわないし、競技レベルのフォーマットに関して俺の個人的な嫌気にもかかわらず、1ゲームマッチをやってしまってもかまわないと思っている。しかしながら、俺はウィザーズに、世界最高のゲームであるマジックを作っていることも念を押したい。そしてほとんどの人が欲しいモノは、ゲーム自体がハースストーンのようになるのではなく、ハースストーンのようなスマートで機能的なデジタル・クライアントでマジックをプレイできることである。更に、マジックを素晴らしくしていることは、みんなが自分達のやり方でプレイできることである。オールドスクールから EDH まで、キューブ・ドラフトからスタンダードまで。だからたとえ将来のやり方が、良くても悪くても、1ゲームマッチであるなら、「伝統的な」プレイヤーに選択肢を与えて、マジックの新しく輝かしいおもちゃを利用するために、少なくても Arena に競技3ゲームマッチをサポートしてくれ。

(おわり)